東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5834号 判決 1962年12月10日
判 決
原告
藤井敞
原告
藤井マサ子
右両名訴訟代理人弁護士
山崎清
被告
加藤勲夫
被告
石坂邦夫
右当事者間の損害賠償請求事件についてつぎのとおり判決する。
主文
(一) 被告等は各自、原告藤井敞に対し金五一万三、九九五円、同藤井マサ子に対し金四七万五、〇〇〇円及び夫々右各金員に対する昭和三七年八月四日より支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
(二) 訴訟費用は被告等の連帯負担とする。
(三) この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
原告等は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、原告両名の長男訴外藤井俊介(昭和三三年一二月一七日生)は昭和三六年七月二二日午前一〇時一〇分頃、東京都中野区江古田一丁目一四〇番地先ガソリンスタンド給油所(訴外山本昇方において、被告加藤勲夫が運転する小型四輪貨物自動車(六一年型マツダ、四ね九二三七号)に跳ね飛ばされ、頭蓋内損傷の傷害を受け同月二四日午前三時五五分死亡した(以下「本件事故」という。)
二、被告加藤は前記自動車を運転し、右江古田一丁目一四〇番地先道路の略々中央を時速五〇粁以上の速力で進行中、同乗者訴外岡部文昭との話に気をとられ前方注視を怠つていたので、反対方向から前車を追い越して進行して来る訴外曾田時夫運転の都営バスの発見が遅れこれを前方約三〇米の地点においてはじめて発見し、狼狽の余り、右都営バスとの接触を回避せんとする措置を誤り、無謀にも目を閉じ、前記速度のまま把手を左に切つたので、附近歩道に乗り上げ、更に前記ガソリンスタンド給油所に突入し、同所において遊んでいた俊介を跳ね飛ばしたものであつて、本件事故は被告加藤の重大な過失により惹起されたものであることは明らかである。
三、被告石坂邦夫は、本件事故当時、前記自動車を所有し、自己の造園業のため運行の用に供し、且つ、被告加藤を雇い同自動車の運転業務に従事せしめていたものである。
従つて、被告加藤は、直接の加害者として民法第七〇九条にもとづいて、同石坂は、前記自動車の運行者として第一次に自動車損害賠償保障法第三条本文にもとづいて第二次に被告加藤の使用主として民法七一五条にもとづいて、原告両名に対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負わねばならない。
四、本件事故による損害
(一) 原告藤井敞はつぎのとおり財産上の損害を蒙つた。
(1) 俊介の入院治療費 金三万二、六六〇円
(2) 付添看護婦費用 金 二、四七〇円
(3) 輸血用血液代金 金 一、三五〇円
(4) 葬儀費用中葬儀社に支払分 金八万四、三三五円
(5) 葬儀冥加料 金一万〇、〇〇〇円
(6) 通夜及び葬儀当日飲食代 金一万九、四四〇円
(7) 火葬場席料等 金 二、〇二五円
(8) 初七日冥加料 金 五、〇〇〇円
(9) 位牌等仏具代 金 二、四九五円
(10) 初七日飲食代 金 三、二〇〇円
(11) 百ケ日飲食代 金 三、〇〇〇円
(12) 一週忌冥加料及び飲食代 金 一万〇〇〇円
(13) 雑費(交通費、医者看護婦礼金、茶菓子代諸心付、通信費その他) 金一万五、〇〇〇円
合 計 金一九万〇、九七五円
(二) 原告両名の慰藉料
原告両名は、婚姻後三年を経て漸く俊介をもうけ、同人を掌中の珠の如くにして慈み育て、その将来に多くの望みを託していたものであるが、本件事故により、無慙にも一朝にして愛児の生命を奪われ、重大な精神的苦痛を蒙つた。本件事故は、被害者にはもとより、その監護者たる原告両名にも何等の過失なく、被告加藤の重大な過失によつて惹起されたものである。しかるに、被告両名は、直接原告等に対し謝罪することもなく、損害を賠償する態度はさらにない。
(イ) 原告藤井敞は昭和二七年京都大学農林工学科を卒業、農林省に採用され、現在、同省農地局愛知用水公団監理室業務係長の職に在る農林技官であつて、月収約三万二、〇〇〇円を得、資産として住宅一棟及びその敷地、他に宅地一〇〇坪、預貯金若干を有するものである。
(ロ) 原告藤井マサ子は深川高等女学校を卒業し、昭和三一年一二月原告敞と婚姻し、俊介に対し特別強い愛情を抱いてその生育に細心の関心を払い、将来に多大の期待を寄せていたものである。
以上諸般の事情を斟酌し、原告等に対する慰藉料として各金三〇万円を請求する。
(三) 俊介の慰藉料
俊介は生後二年七月の発育優良にして知能秀れた男児であつたから、本件事故に遭遇しなかつたならば、将来、永らく生存することができた筈であるのに本件事故によつてその生命を奪われ、重大な精神的苦痛を蒙つた。同人に対する慰藉料は金五〇万円を以て相当とする。
(四) 原告両名は、夫々その相続分に応じ、右(三)の俊介の有した慰藉料請求権を金二五万円宛相続取得した。
(五) 自動車損害賠償保険金の控除
(イ) 原告藤井敞は、昭和三六年九月、(一)の財産上の損害について内金一五万一、九八〇円、(二)の慰藉料について内金五万円(四)の相続取得にかかる慰藉料について内金二万五、〇〇〇円合計金二二万六、九八〇円を自動車損害賠償保険金として受領した。同原告は、これらを前記損害額から控除し、被告両名に対し、なお金五一万三、九九五円の損害賠償請求権を有する。
(ロ) 原告藤井マサ子は、同年同月、(二)の慰藉料について内金五万円(四)の相続取得にかかる慰藉料について内金二万五、〇〇〇円合計金七万五、〇〇〇円を自動車損害賠償保険金とし受領した。同原告は、これらを前記損害額から控除し、被告両名に対し、なお金四七万五、〇〇〇円の損害賠償請求権を有する。
五、よつて、原告両名は、被告両名に対し、夫々右各金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年八月四日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と陳述し、立証(省略)
被告加藤勲夫は、請求棄却の判決を求め、請求原因事実に対し「損害の点を除いて、その余の事実は総て認める。
損害の点は争う。」と答弁し(省略)た。
被告石坂邦夫は、適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。
理由
一、原告両名の請求原因事実は、被告加藤勲夫において、損害の点を除き総てこれを認めるところであるから、同被告は原告両名に対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を負わねばならない。
そこで、本件事故によつて生じた損害の点について検討するに
(一) (原告藤井敞の財産上の損害)
(証拠―省略)によれば、右原告が本件事故によつて俊介の入院治療費その他として請求原因第四項(一)記載のとおり合計金一九万〇、九七五円を支出し、同額の損害を蒙つた事実を認定することができ、他に右認定に反する証拠はない。
(二) (原告両名の慰藉料)
原告両名の各本人尋問の結果によれば、原告両名が、俊介とその主張のとおりの身分関係を有し、原告藤井敞がその主張のとおりの経歴、職業、資産を、原告藤井マサ子がその主張のとおりの経歴を有する事実原告両名は、俊介が一人息子であつたので同人に対し特別強い愛情を抱いてその生育に細心の関心を払い、将来に多大の期待をかけていたところ、本件事故によつて愛児の生命を奪われ、極度の精神的苦痛を蒙り悲嘆にくれる生活に陥り、右苦痛は容易に癒されることなく今日に至つた事実、更に、原告藤井マサ子がその後流産の憂き目に遭つたため、原告両名の俊介に対する愛惜の念あらたまり容易に薄らがない事実を認定することができ、他に右認定に反する証拠はない。以上認定の事実に、本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すれば、原告両名の精神的苦痛を慰藉するには、原告両名が夫々本訴において請求する各金額を以てしても不当に高きに失するものとは認められない。
(三) (俊介の慰藉料)
原告両名の各本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば俊介が本件事故によつて不慮の死を遂げ如何に大なる精神的苦痛を蒙つたかはこれを推認するに難くなく、同人の死亡当時の年令、本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌すれば、その精神的苦痛を慰藉するには、原告両名が本訴において請求する金額を以てしても未だ高きに失するものとは認められない。
(四) 原告両名が俊介と原告両名主張のとおりの身分関係を有することは前記のとおりであるから、原告両名は、夫々その相続分に応じ俊介の有した損害賠償請求権を各二分の一に相当する金二五万円宛相続取得したものと認められる。
(五) ところで、原告両名が夫々、その主張のとおり本件事故により自動車損害賠償保険金の支払を受け、それをその主張のとおり前記各損害から控除したことは原告両名の自陳するところである。
従つて、被告加藤勲夫に対し、原告藤井敞は右のとおり控除した残余の金五一万三、九九五円の、同藤井マサ子は同じく残余の金四七万五、〇〇〇円の各損害賠債請求権を有し、右被告はこれを賠償すべき義務を負わねばならない。
(六) よつて、原告両名が右被告に対し、夫々右各金員及びこれに対する本件訴状が同被告に送達せられた日の翌日であること本件記録上明白な昭和三七年八月四日より支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。
二、原告両名の請求原因事実は、被告石坂邦夫において明らかに争わないものと認め、これを自白したものと看做す。右事実によれば原告両名の右被告に対する本訴請求は総て理由がある(附帯の請求の起算日は前記のとおり本件記録上明白である)。
三、以上のとおりであるから、原告両名の本訴請求を総て正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九三条第一項本文、仮執行の宣言について同法第一九六条の規定を各適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判官 高 瀬 秀 雄